『ところでクラックコアって手術を知っていますか?』『ああ、脳の移植手術だと噂に聞いている』 やはりケリアンは知っていたようだ。 彼の相手を値踏みするような眼付は、ディミトリが本当に手術を受けているのかを知りたがっているのだろう。『だが、詳しいやり方は知らない』 どういった手術なのか質問しようとしたら先に言われてしまった。『ロシアの金持ちが首から上を挿げ替える手術をしたのを知っているか?』『いえ』『実際に行われて失敗したそうだ』『え』『彼はそこで死んだ…… と、伝えられてる……』 さすがロシアだ。危険な領域であろうと躊躇なく踏み込んでいく。『ところが脳の移植に成功して生きていると噂が流れたんだよ』 実際に手術をしたのは中国人の外科医チームであった。そのチームの一人から噂が広がっていったらしいのだ。『君も似たような事をされている可能性が高いね』 やはり、ケリアンは自分のことを知っていたようだ。つまり、麻薬組織の金を横取りした事も知っているのだろう。 ディミトリは思わず自分の頭を撫でた。『貴方も詳しいですね』『ああ、日本で成功しているらしいと噂が流れたからね』『それが自分だと?』『そうだ』 ディミトリは首を振ってため息を付いて見せた。 彼の方針として誰にも、自分はディミトリであるとは認めないことにしていた。どうせ、確認のしようが無いから平気だ。『中国の金持ち連中から、自分も手術が受けられないかと問い合わせが来ているのさ……』『へぇ…… 長生きのために?』『ああ、ロシアだろうと中国だろうと、金持ちというのは若い肉体を手に入れたがるものなんだよ』 そう言って笑った。人間の欲望にはキリが無いものだ。次々と欲しい物を考えつく。『出来れば不老不死も手に入れたいと?』『そうだろうな…… 私は命に限りがあるから尊いと思うのだがね……』 ケリアンは、そう言うと手元の茶を飲んだ。これは本音であろう。 ディミトリも賛成だ。命ある限りナイスボディのお姉ちゃんと仲良くしたいと思っている。『ところで、頼みがあるのですが……』『何でも言ってくれ』『娘さんを拉致したグループと自分は揉めています』『うむ、連中は君のことばかり質問していたそうだ』『彼らとの問題を解決する必要があるのです』『ほぉ』『その為には彼らのアジトを突止める必
学校。 灰色狼のアジトを特定する作業はケリアンにお願いした。複数のアジトがあるとの事なので、彼らのリーダーが居る場所を絞り込んでもらうのだ。 今の所はシンイェンの恩人と言うことも有り、表面上は利害関係が無いのが幸いだ。 もっとも、金に目が眩まない人間などいないのはディミトリも承知している。(使える者は何でも使うさ……) 平日の昼間という事も有り、中学生の振りをしたディミトリは学校に来ていた。 連夜のハードな日々に比べると、何とも気の抜けた平和な空間だ。「おい、若森…… せめて連絡ぐらいしろよ」 休み時間に大串が話し掛けて来た。どうやら祖母が電話連絡をしたらしい。 何も知らない彼は返事にかなり困ったようだった。「宿題が間に合わないから手伝って貰ったと言っておいたからな」「ああ、済まない」「お前は何をやってるんだよ」「怖い顔したおっさんたちと鬼ごっこさ」 そう言って、ディミトリはニヤリと笑った。鬼ごっこの意味に気が付いた大串は肩を竦めて離れて行った。 彼もディミトリが厄介な事に首を突っ込んでいるのは知っている。関わり合いになるのが嫌なのだろう。 するとケリアンから場所が判明したとのメールが来たのに気が付いた。(流石に仕事が早いね……) ケリアンからのメールを見ようとして別のメールにも気付いた。これは探偵会社からだった。 見張っている車の事を調査してもらっていたのだ。 ディミトリが大人のなりをしていれば、車の番号から所有者を割り出すのは簡単な事だ。 しかし、見てくれは中学生なので、まともに取り合って貰えない。 そこで、インターネットを通じて探偵会社に依頼しておいた。金が掛かるが仕方が無い。 メールによるとディミトリを見張っている黒い不審車は、『江南警備保障』という警備会社の所有する車だった。(コイツは間違いなく公安警察の覆面会社だろうな……) 政府機関が非合法な活動を誤魔化すのに、民間会社を装うのは良く使われる手だ。 非合法活動が専門のチャイカからの受け売りだが間違いないだろう。 一方、大串を見張っている車は群鹿警察の所有する車であった。こっちは東京都内の警察署だ。 ディミトリは行ったことも無い場所だった。(所轄警察? なんで所轄の違う警察が協力しているんだ?) ディミトリが居るのは東京都下の府前市だ。 不思
『じゃあ、今の灰色狼を仕切っているのは誰ですか?』『張栄佑(ジャン・ロンヨウ)だと思う』『どういう人物ですか?』『中国の東北地方を根城にしている黒社会のボスだ。 実際は公安部の工作員だと睨んでいるがね』『中々複雑なんですね』『俺はジャンに話を持ちかけたのがシンだと睨んでいる』『シンの画像は有りますか?』『こんなのしか無いが……』 そう言って携帯電話の画像を見せて来た。一見すると優しそうなおじさん風だ。隠れ蓑にするには丁度良さげな風貌だった。『その場所に下見に行きたいので連れて行って貰えませんか?』 今回は荒事になるのは目に見えている。まず、敵が何人くらいいるのか位は知っておきたい。 暫く、地図を睨みつけた後でケリアンに頼み事をした。自転車で行くには距離が有るからだ。 こういう時には子供の身体である事が恨めしく思うのだった。『ああ、良いだろう。 部下に送らせよう……』 ケリアンが部下を二人付けてくれた。何れも軍隊出身なので当てになると言っていた。 車は普通の乗用車だ。目立たないようにと配慮してくれたらしい。『英語は?』『大丈夫ですよ。 坊っちゃん』 二人共英語は大丈夫だと聞いて安心した。自分の拙い中国語では心許ないからだ。 道中、車の中で二人に聞くと、灰色狼のアジトを見に行くだけとしか聞いてないようだ。『あの、質問しても良いかな?』『ああ、良いよ……』 運転席の男が質問してきた。『あの物騒な連中と知り合いなんですか?』 彼らは香港から日本に派遣されているらしかった。灰色狼の荒っぽい仕事のやり方は彼らも知っているようだ。『どちらかと言うと、向こうの連中の片思いさ……』 ディミトリはそれだけしか言わなかった。偵察が目的なので彼らに詳しく説明する気が無かったのだ。 ボスに少年をアジトが見える所まで連れて行って来いと言われ不思議に思っているらしかった。『あの連中は直ぐに青龍刀を出して振り回して来る言うからな……』『格好はいっちょ前だけど、強く無いって話を聞いたぞ?』『でも、シェンたちがやられちまったんだろ?』『不意を突かれたんだろ……』『普通は命までは取らないもんだよ。 話し合いの余地が無くなっちまうからな』『日本には温い組織しか無いから加減が分からないんだろうよ』 車の中で男たちは気楽にお喋りをしていた。
ディミトリは携帯電話を取り出してケリアンに電話を掛けた。『ケリアンさん……』『どうしましたか?』『今、車がドローンに追跡されてます。 貴方の指図じゃないですよね?』 ディミトリは念の為に尋ねてみた。ひょっとしたら護衛用の監視かも知れないと考えたからだ。『私は知らないです……』『そうですか』『はい、灰色狼が貴方の行動を見張る為に飛ばしているのでしょう……』『恐らく……』 裏社会の長いケリアンはドローンの意図を言い当てた。ディミトリも同じ意見だった。『ケリアンさん。 そこは直ぐに引き上げた方が良いですよ』『ああ、私も危険な匂いがする。 そちらも気を付けて……』『はい、僕が居ないので彼らは気兼ねなく銃を使って襲撃するでしょうからね』 ディミトリの話で自分に危険が迫っている事に気が付いたケリアンはそう言って電話を切った。(俺がアオイの救出に向かったのを知っているはず……) ディミトリが居ない隙に乗じて、アオイたちを人質に取ろうとする可能性があるのだ。 ケリアンとの電話が終わった時に、横合いにバイクが並走して来た。中型のバイクで運転手は一人だけだ。 バイクは追い抜くわけでなく、並走して車内をチラチラ見始めた。『お客さんだ……』 ディミトリは呑気に世間話をしている二人に声をかけた。 バイクの行動にピンと来る物があった。ディミトリが居るかどうかの確認であろう。『え?』 そう言うと運転手は自分の右側に顔を向けた。バイクを確認しようとしたのだ。 後部座席のディミトリを確認したバイクの運転手は懐から銃を取り出した。『危ないっ!』 ディミトリは叫ぶのと銃撃は同時だったようだ。 運転手側の窓が砕け散って、運転手の脳やら髪の毛やらがフロントガラスにへばりついた。 それを見ながらディミトリは自分の銃を取り出した。モロモフ号でかっぱらった奴だ。(くそっ! なんてせっかちな連中なんだ!) ディミトリは咄嗟に後部ドアの下側に屈み、自分の銃で窓越しにバイクを銃撃した。窓ガラスが車内に飛び散る。 当たるかどうかでは無く、牽制の為に銃弾をバラ撒いたのだ。『運転を!』 ディミトリは叫ぶが助手席の男は顔を伏せたままだ。銃弾が自分目指して放たれているので仕方が無い所だ。 片手でハンドルを握っているが、前を見てるわけではない。このままでは事故っ
住宅街。 ディミトリは後ろを振り返って追跡している車を確認した。まるで他の車を蹴散らすかのように突進する二台が見える。『灰色の車と黒のSUVが付いてきている!』『分かっている。 しっかり掴まっていてくれ……』 運転手はバックミラーをちらりと見てアクセルを踏んだ。座席に押し付けられる具合で、加速されたのをディミトリは感じとった。 ディミトリは弾倉を交換した。そして、何気なくサプレッサーを見るとひび割れているのが見えた。(チッ、コレが原因か……) 弾道が安定しないのは整備不良だと思っていたが勘違いのようだった。ひび割れから発射ガスが漏れて銃弾がぶれてしまったのだろう。ディミトリはサッサとサプレッサーを外してしまった。 その間にもディミトリたちが乗る車は住宅街を駆け抜けていく。追跡車は引き離されまいと加速してきた。 そんな、無茶な運転をする三台の前に、運送業者のトラックが横合いから出てきた。『ヤバイっ!』 咄嗟にハンドルを切り、トラックをギリギリで躱していく。その後を二台の車が同じ様に走っていった。 自分のトラックの鼻先をすり抜けていくので運転手が驚愕の表情を浮かべていた。 だが、安心したのも束の間。今度は交通量の多そうな新道が前方に見えている。『交差点で曲がるから掴まっていてくれっ!』 運転手は怒鳴るとサイドブレーキを引いて、車を横滑りさせ始めた。そして、新道の交差点内に侵入すると同時にアクセルを踏み込んだ。車は交差点を強引に曲がっていった。 後続した追跡者も同じ様に曲がろうとしたが、ハンドルを切り過ぎたのか車が違う方向に鼻先を向けてしまっている。 いきなり乱入してきた乱暴者たちに、普通に走っていた車からクラクションが鳴らされていた。『くそっ! 前からも来やがったっ!』 運転手が怒鳴った。進行方向に見える正面の交差点を強引に曲がってくる車が見えた。 敵の新手であろう。反対車線を猛烈な勢いで逆走してくる。(……) 逃げ込めそうな小道は無い。あるのは駐車場ビルしか無い様だ。 ディミトリたちの乗った車は、パチンコ屋に付属しているらしい駐車ビルに逃げ込んだ。追跡車も続いて飛び込んでいく。 その駐車場ビルは三階建てで、各階に六十台位は駐車できる中規模のものだ。パチンコ屋とは二階部分に通路が繋がっている。『拙いな……』 ディミト
車は慌ててハンドルを切り替えしたが間に合わない。そのままフォークリフトに突っ込んでしまった。 ディミトリは咄嗟にシートベルトに腕を絡めて身構えた。こうしないと衝突のショックで車外に投げ出されてしまうからだ。 運転手は自分のシートベルトをしていなかったようだ。彼はフロントガラスに頭から突っ込んで窓枠ごと外に投げ出されていった。(畜生…… ツイてないぜ……) ディミトリは車の中からヨロヨロと抜け出した。追手の車が盛んにタイヤの音を響かせながら近づいて来ているからだ。 投げ出された運転手は跳ね飛ばしたフォークリフトの傍に倒れている。運転手の肩を揺さぶってみたが、彼は何も言わなくなっていた。 最初に現れたのは白い方の車だった。ディミトリは柱に隠れて立ち銃を構えた。 白い車の運転手は速度を緩めずに迫ってきた。そして運転席の窓から銃を突き出している。(それは無理だ) ディミトリは運転席に向かって引き金を引いた。三発程撃つと運転席が血で染まり、車は停車していた車を巻き込んで停車した。 その脇を黒いSUVはすり抜けてディミトリに迫ってきた。(邪魔っ!) ディミトリは車に向かって銃を撃つと同時に停車した車に向かって走り出した。二発は当たったようだが何事もなく走っている。 黒いSUVは壁際まで走って反転しようとしていた。 ディミトリが車の中を覗き込むと、運転手は絶命しているらしかった。助手席にもうひとり男が居た。怪我をしているらしく呻いていた。時間が無いので銃撃して永久に黙らせてやった。(お前も邪魔っ!) 運転席から運転手の死体を外に放り出すと乗り込んで走らせる。バックミラーを見ると直ぐ傍まで黒いSUVはやって来ている。 車を運転しながら逃走経路を色々と考えたが名案が浮かばない。その間にも黒いSUVから銃弾が飛んできている。 駐車場ビルの同じ階を二台の車は競り合うように走り続けた。 もちろん、ディミトリも銃で反撃している。車のタイヤの軋む音と銃の発射音がビル内に鳴り響いていた。(くそっ、サプレッサーを外したのに全然当たらないっ!) 追跡している車を銃撃しているが肩越しなので当たらない。そこでサイドブレーキを引いて車をサイドターンさせた。 そして、ドアを開けたままバックで下がり、停めてあった車でドアを弾き飛ばした。(よっしゃ、これで銃で闘
その場に居たパチンコの客たちは、一瞬に呆気に取られてしまっていた。だが、直ぐに店内は悲鳴と怒号に包まれていく。「え?」「ええ!?」「ちょっ!」「ああーーーっ! 俺のドル箱に何をする!」 誰かが大声で喚いていた。それでも、彼らはパチンコのハンドルを握る手を緩めない。 リーチ(大当たりの前兆)が掛かるかも知れないからだ。緊急事態より眼の前にある台の去就の方が大事なのだろう。 普通の人とは感覚が違うのだからしょうがない。 そんな喧騒とは別に運転席でモゾモゾと動く影があった。「痛たたた……」 ディミトリだ。彼は無事だったようだ。すぐに自分の両手を握ったり開いたりして怪我の有無を確認していた。 足の無事を確かめようとして、顔が歪んでしまった。どうやら打ち所が悪い部分があったようだ。(ヤバイ…… 早く逃げないと……) ふと見るとディミトリは自分の銃の遊底が、引かれっぱなしになっているのに気がついた。弾丸を撃ち尽くしたのだ。 予備の弾倉も使い切っている。(コイツは何か得物を持ってないか……) 助手席で事切れている男の身体を触ってみた。すると男の懐にベレッタを見つけた。弾倉はフルに装填されている。 右手が銃床を握っているので取り出そうとしたのだろう。乗り込もうとした時に銃撃したのは正解だったようだ。 ディミトリは銃を奪い取ってから、予備の弾倉を探したが持っていなかった。(まあ良い。 これだけでも闘える……) そして、懐から狐のアイマスクを取り出して被った。(くそっ、玩具のアイマスクしか無いのかよ……) 本当は目出し帽で顔を隠したかった。だが、狐のアイマスクしか無かったのだ。 これはケリアンが手配してくれた車のシートポケットに入っていた物だ。恐らくシンウェイの物であろう。(無いよりマシか……) パチンコ店の至る所に監視カメラがあるのは承知している。それらの監視の目を誤魔化す必要が有るのだ。 これだけの大騒ぎを起こしたのだから、警察が乗り出すのは目に見えている。いずれバレるだろうが、今はまだ警察相手にする余裕が無い。時間稼ぎが目的だ。(時間を稼いで楽器ケースにでも隠れて外国に逃げるか……) ディミトリは足を少しだけ引き摺るように階段を下りていった。最早、痛みがどうのこうの言ってられない。 急がないと駐車場ビルから、奴らがすぐ
何処かの倉庫。 ディミトリは倉庫と思われる場所に一人で居た。 その顔は腫れ上がっており、片目が巧く見えないようだった。口や鼻から出た血液は乾いて皮膚にへばり付いている。 恐らく仲間をやられた報復で、散々殴られていたようだ。(くそっ……) 気が付いたディミトリは腕を動かそうとした。だが、出来ないでもがいていた。 安物っぽいパイプ椅子に両手両足を拘束されていた。両手両足をそれぞれ別のパイプに拘束バンドで止められているのだ。 これでは解いて逃げ出すのに時間が掛かり過ぎてしまう。 彼の逃げ足が早いことを、灰色狼の連中は知っているのだろう。(身体が動かねぇな……) 部屋には中央に灯りが一つだけ点いていた。壁際に監視カメラがある。室内に見張りが居ないのはこれで監視しているのだろう。 入り口には長机が置かれてあり、その上にディミトリの私物が並べられている。 暫くすると入口のドアが開いて何人かの男たちが入ってきた。 ディミトリが意識を取り戻したのに気が付いたらしい。「コイツを殴るなって言ったろ?」 派手なシャツを着た男が、ディミトリの様子を見て怒鳴った。ディミトリが怪我をしているのが気に入らないらしい。「すいません……」「コイツにケンジを殺られたんで…… つい……」 何だか派手なシャツを着た男と、スーツ姿の男二人がやり取りをしている。 ケンジとは誰なのか分からないが、ディミトリが殺った奴の一人であるのは間違いない。 シャツの男がコイツラの頭目だろう。(じゃあ、コイツが張栄佑(ジャン・ロンヨウ)か……) ジャンは灰色狼の頭目だとケリアンが言っていた。そして、目的の為には手段を選ばない男だとも聞いている。 性格が冷酷で厄介な相手であるのは間違いない。「特に顔を殴るのは良くない……」 ジャンは座らされているディミトリの周りをゆっくりと歩きながら言った。ディミトリの怪我の具合を確認しているのだろう。 見た目は酷いが死ぬことは無さそうだ。 ジャンが歩く様子をディミトリは目で追いかけながら睨みつけていた。「もし記憶が飛んでいたら、今までの苦労が水の泡に成っちまうからな」 そう言って笑いながらディミトリの頭を掴んで自分に向けさせた。そして顔を近づけてディミトリの目を覗き込んだ。 まるで相手の深淵を汲み上げようとするような鋭い目つきだ。
何処かの倉庫。 ディミトリは倉庫と思われる場所に一人で居た。 その顔は腫れ上がっており、片目が巧く見えないようだった。口や鼻から出た血液は乾いて皮膚にへばり付いている。 恐らく仲間をやられた報復で、散々殴られていたようだ。(くそっ……) 気が付いたディミトリは腕を動かそうとした。だが、出来ないでもがいていた。 安物っぽいパイプ椅子に両手両足を拘束されていた。両手両足をそれぞれ別のパイプに拘束バンドで止められているのだ。 これでは解いて逃げ出すのに時間が掛かり過ぎてしまう。 彼の逃げ足が早いことを、灰色狼の連中は知っているのだろう。(身体が動かねぇな……) 部屋には中央に灯りが一つだけ点いていた。壁際に監視カメラがある。室内に見張りが居ないのはこれで監視しているのだろう。 入り口には長机が置かれてあり、その上にディミトリの私物が並べられている。 暫くすると入口のドアが開いて何人かの男たちが入ってきた。 ディミトリが意識を取り戻したのに気が付いたらしい。「コイツを殴るなって言ったろ?」 派手なシャツを着た男が、ディミトリの様子を見て怒鳴った。ディミトリが怪我をしているのが気に入らないらしい。「すいません……」「コイツにケンジを殺られたんで…… つい……」 何だか派手なシャツを着た男と、スーツ姿の男二人がやり取りをしている。 ケンジとは誰なのか分からないが、ディミトリが殺った奴の一人であるのは間違いない。 シャツの男がコイツラの頭目だろう。(じゃあ、コイツが張栄佑(ジャン・ロンヨウ)か……) ジャンは灰色狼の頭目だとケリアンが言っていた。そして、目的の為には手段を選ばない男だとも聞いている。 性格が冷酷で厄介な相手であるのは間違いない。「特に顔を殴るのは良くない……」 ジャンは座らされているディミトリの周りをゆっくりと歩きながら言った。ディミトリの怪我の具合を確認しているのだろう。 見た目は酷いが死ぬことは無さそうだ。 ジャンが歩く様子をディミトリは目で追いかけながら睨みつけていた。「もし記憶が飛んでいたら、今までの苦労が水の泡に成っちまうからな」 そう言って笑いながらディミトリの頭を掴んで自分に向けさせた。そして顔を近づけてディミトリの目を覗き込んだ。 まるで相手の深淵を汲み上げようとするような鋭い目つきだ。
その場に居たパチンコの客たちは、一瞬に呆気に取られてしまっていた。だが、直ぐに店内は悲鳴と怒号に包まれていく。「え?」「ええ!?」「ちょっ!」「ああーーーっ! 俺のドル箱に何をする!」 誰かが大声で喚いていた。それでも、彼らはパチンコのハンドルを握る手を緩めない。 リーチ(大当たりの前兆)が掛かるかも知れないからだ。緊急事態より眼の前にある台の去就の方が大事なのだろう。 普通の人とは感覚が違うのだからしょうがない。 そんな喧騒とは別に運転席でモゾモゾと動く影があった。「痛たたた……」 ディミトリだ。彼は無事だったようだ。すぐに自分の両手を握ったり開いたりして怪我の有無を確認していた。 足の無事を確かめようとして、顔が歪んでしまった。どうやら打ち所が悪い部分があったようだ。(ヤバイ…… 早く逃げないと……) ふと見るとディミトリは自分の銃の遊底が、引かれっぱなしになっているのに気がついた。弾丸を撃ち尽くしたのだ。 予備の弾倉も使い切っている。(コイツは何か得物を持ってないか……) 助手席で事切れている男の身体を触ってみた。すると男の懐にベレッタを見つけた。弾倉はフルに装填されている。 右手が銃床を握っているので取り出そうとしたのだろう。乗り込もうとした時に銃撃したのは正解だったようだ。 ディミトリは銃を奪い取ってから、予備の弾倉を探したが持っていなかった。(まあ良い。 これだけでも闘える……) そして、懐から狐のアイマスクを取り出して被った。(くそっ、玩具のアイマスクしか無いのかよ……) 本当は目出し帽で顔を隠したかった。だが、狐のアイマスクしか無かったのだ。 これはケリアンが手配してくれた車のシートポケットに入っていた物だ。恐らくシンウェイの物であろう。(無いよりマシか……) パチンコ店の至る所に監視カメラがあるのは承知している。それらの監視の目を誤魔化す必要が有るのだ。 これだけの大騒ぎを起こしたのだから、警察が乗り出すのは目に見えている。いずれバレるだろうが、今はまだ警察相手にする余裕が無い。時間稼ぎが目的だ。(時間を稼いで楽器ケースにでも隠れて外国に逃げるか……) ディミトリは足を少しだけ引き摺るように階段を下りていった。最早、痛みがどうのこうの言ってられない。 急がないと駐車場ビルから、奴らがすぐ
車は慌ててハンドルを切り替えしたが間に合わない。そのままフォークリフトに突っ込んでしまった。 ディミトリは咄嗟にシートベルトに腕を絡めて身構えた。こうしないと衝突のショックで車外に投げ出されてしまうからだ。 運転手は自分のシートベルトをしていなかったようだ。彼はフロントガラスに頭から突っ込んで窓枠ごと外に投げ出されていった。(畜生…… ツイてないぜ……) ディミトリは車の中からヨロヨロと抜け出した。追手の車が盛んにタイヤの音を響かせながら近づいて来ているからだ。 投げ出された運転手は跳ね飛ばしたフォークリフトの傍に倒れている。運転手の肩を揺さぶってみたが、彼は何も言わなくなっていた。 最初に現れたのは白い方の車だった。ディミトリは柱に隠れて立ち銃を構えた。 白い車の運転手は速度を緩めずに迫ってきた。そして運転席の窓から銃を突き出している。(それは無理だ) ディミトリは運転席に向かって引き金を引いた。三発程撃つと運転席が血で染まり、車は停車していた車を巻き込んで停車した。 その脇を黒いSUVはすり抜けてディミトリに迫ってきた。(邪魔っ!) ディミトリは車に向かって銃を撃つと同時に停車した車に向かって走り出した。二発は当たったようだが何事もなく走っている。 黒いSUVは壁際まで走って反転しようとしていた。 ディミトリが車の中を覗き込むと、運転手は絶命しているらしかった。助手席にもうひとり男が居た。怪我をしているらしく呻いていた。時間が無いので銃撃して永久に黙らせてやった。(お前も邪魔っ!) 運転席から運転手の死体を外に放り出すと乗り込んで走らせる。バックミラーを見ると直ぐ傍まで黒いSUVはやって来ている。 車を運転しながら逃走経路を色々と考えたが名案が浮かばない。その間にも黒いSUVから銃弾が飛んできている。 駐車場ビルの同じ階を二台の車は競り合うように走り続けた。 もちろん、ディミトリも銃で反撃している。車のタイヤの軋む音と銃の発射音がビル内に鳴り響いていた。(くそっ、サプレッサーを外したのに全然当たらないっ!) 追跡している車を銃撃しているが肩越しなので当たらない。そこでサイドブレーキを引いて車をサイドターンさせた。 そして、ドアを開けたままバックで下がり、停めてあった車でドアを弾き飛ばした。(よっしゃ、これで銃で闘
住宅街。 ディミトリは後ろを振り返って追跡している車を確認した。まるで他の車を蹴散らすかのように突進する二台が見える。『灰色の車と黒のSUVが付いてきている!』『分かっている。 しっかり掴まっていてくれ……』 運転手はバックミラーをちらりと見てアクセルを踏んだ。座席に押し付けられる具合で、加速されたのをディミトリは感じとった。 ディミトリは弾倉を交換した。そして、何気なくサプレッサーを見るとひび割れているのが見えた。(チッ、コレが原因か……) 弾道が安定しないのは整備不良だと思っていたが勘違いのようだった。ひび割れから発射ガスが漏れて銃弾がぶれてしまったのだろう。ディミトリはサッサとサプレッサーを外してしまった。 その間にもディミトリたちが乗る車は住宅街を駆け抜けていく。追跡車は引き離されまいと加速してきた。 そんな、無茶な運転をする三台の前に、運送業者のトラックが横合いから出てきた。『ヤバイっ!』 咄嗟にハンドルを切り、トラックをギリギリで躱していく。その後を二台の車が同じ様に走っていった。 自分のトラックの鼻先をすり抜けていくので運転手が驚愕の表情を浮かべていた。 だが、安心したのも束の間。今度は交通量の多そうな新道が前方に見えている。『交差点で曲がるから掴まっていてくれっ!』 運転手は怒鳴るとサイドブレーキを引いて、車を横滑りさせ始めた。そして、新道の交差点内に侵入すると同時にアクセルを踏み込んだ。車は交差点を強引に曲がっていった。 後続した追跡者も同じ様に曲がろうとしたが、ハンドルを切り過ぎたのか車が違う方向に鼻先を向けてしまっている。 いきなり乱入してきた乱暴者たちに、普通に走っていた車からクラクションが鳴らされていた。『くそっ! 前からも来やがったっ!』 運転手が怒鳴った。進行方向に見える正面の交差点を強引に曲がってくる車が見えた。 敵の新手であろう。反対車線を猛烈な勢いで逆走してくる。(……) 逃げ込めそうな小道は無い。あるのは駐車場ビルしか無い様だ。 ディミトリたちの乗った車は、パチンコ屋に付属しているらしい駐車ビルに逃げ込んだ。追跡車も続いて飛び込んでいく。 その駐車場ビルは三階建てで、各階に六十台位は駐車できる中規模のものだ。パチンコ屋とは二階部分に通路が繋がっている。『拙いな……』 ディミト
ディミトリは携帯電話を取り出してケリアンに電話を掛けた。『ケリアンさん……』『どうしましたか?』『今、車がドローンに追跡されてます。 貴方の指図じゃないですよね?』 ディミトリは念の為に尋ねてみた。ひょっとしたら護衛用の監視かも知れないと考えたからだ。『私は知らないです……』『そうですか』『はい、灰色狼が貴方の行動を見張る為に飛ばしているのでしょう……』『恐らく……』 裏社会の長いケリアンはドローンの意図を言い当てた。ディミトリも同じ意見だった。『ケリアンさん。 そこは直ぐに引き上げた方が良いですよ』『ああ、私も危険な匂いがする。 そちらも気を付けて……』『はい、僕が居ないので彼らは気兼ねなく銃を使って襲撃するでしょうからね』 ディミトリの話で自分に危険が迫っている事に気が付いたケリアンはそう言って電話を切った。(俺がアオイの救出に向かったのを知っているはず……) ディミトリが居ない隙に乗じて、アオイたちを人質に取ろうとする可能性があるのだ。 ケリアンとの電話が終わった時に、横合いにバイクが並走して来た。中型のバイクで運転手は一人だけだ。 バイクは追い抜くわけでなく、並走して車内をチラチラ見始めた。『お客さんだ……』 ディミトリは呑気に世間話をしている二人に声をかけた。 バイクの行動にピンと来る物があった。ディミトリが居るかどうかの確認であろう。『え?』 そう言うと運転手は自分の右側に顔を向けた。バイクを確認しようとしたのだ。 後部座席のディミトリを確認したバイクの運転手は懐から銃を取り出した。『危ないっ!』 ディミトリは叫ぶのと銃撃は同時だったようだ。 運転手側の窓が砕け散って、運転手の脳やら髪の毛やらがフロントガラスにへばりついた。 それを見ながらディミトリは自分の銃を取り出した。モロモフ号でかっぱらった奴だ。(くそっ! なんてせっかちな連中なんだ!) ディミトリは咄嗟に後部ドアの下側に屈み、自分の銃で窓越しにバイクを銃撃した。窓ガラスが車内に飛び散る。 当たるかどうかでは無く、牽制の為に銃弾をバラ撒いたのだ。『運転を!』 ディミトリは叫ぶが助手席の男は顔を伏せたままだ。銃弾が自分目指して放たれているので仕方が無い所だ。 片手でハンドルを握っているが、前を見てるわけではない。このままでは事故っ
『じゃあ、今の灰色狼を仕切っているのは誰ですか?』『張栄佑(ジャン・ロンヨウ)だと思う』『どういう人物ですか?』『中国の東北地方を根城にしている黒社会のボスだ。 実際は公安部の工作員だと睨んでいるがね』『中々複雑なんですね』『俺はジャンに話を持ちかけたのがシンだと睨んでいる』『シンの画像は有りますか?』『こんなのしか無いが……』 そう言って携帯電話の画像を見せて来た。一見すると優しそうなおじさん風だ。隠れ蓑にするには丁度良さげな風貌だった。『その場所に下見に行きたいので連れて行って貰えませんか?』 今回は荒事になるのは目に見えている。まず、敵が何人くらいいるのか位は知っておきたい。 暫く、地図を睨みつけた後でケリアンに頼み事をした。自転車で行くには距離が有るからだ。 こういう時には子供の身体である事が恨めしく思うのだった。『ああ、良いだろう。 部下に送らせよう……』 ケリアンが部下を二人付けてくれた。何れも軍隊出身なので当てになると言っていた。 車は普通の乗用車だ。目立たないようにと配慮してくれたらしい。『英語は?』『大丈夫ですよ。 坊っちゃん』 二人共英語は大丈夫だと聞いて安心した。自分の拙い中国語では心許ないからだ。 道中、車の中で二人に聞くと、灰色狼のアジトを見に行くだけとしか聞いてないようだ。『あの、質問しても良いかな?』『ああ、良いよ……』 運転席の男が質問してきた。『あの物騒な連中と知り合いなんですか?』 彼らは香港から日本に派遣されているらしかった。灰色狼の荒っぽい仕事のやり方は彼らも知っているようだ。『どちらかと言うと、向こうの連中の片思いさ……』 ディミトリはそれだけしか言わなかった。偵察が目的なので彼らに詳しく説明する気が無かったのだ。 ボスに少年をアジトが見える所まで連れて行って来いと言われ不思議に思っているらしかった。『あの連中は直ぐに青龍刀を出して振り回して来る言うからな……』『格好はいっちょ前だけど、強く無いって話を聞いたぞ?』『でも、シェンたちがやられちまったんだろ?』『不意を突かれたんだろ……』『普通は命までは取らないもんだよ。 話し合いの余地が無くなっちまうからな』『日本には温い組織しか無いから加減が分からないんだろうよ』 車の中で男たちは気楽にお喋りをしていた。
学校。 灰色狼のアジトを特定する作業はケリアンにお願いした。複数のアジトがあるとの事なので、彼らのリーダーが居る場所を絞り込んでもらうのだ。 今の所はシンイェンの恩人と言うことも有り、表面上は利害関係が無いのが幸いだ。 もっとも、金に目が眩まない人間などいないのはディミトリも承知している。(使える者は何でも使うさ……) 平日の昼間という事も有り、中学生の振りをしたディミトリは学校に来ていた。 連夜のハードな日々に比べると、何とも気の抜けた平和な空間だ。「おい、若森…… せめて連絡ぐらいしろよ」 休み時間に大串が話し掛けて来た。どうやら祖母が電話連絡をしたらしい。 何も知らない彼は返事にかなり困ったようだった。「宿題が間に合わないから手伝って貰ったと言っておいたからな」「ああ、済まない」「お前は何をやってるんだよ」「怖い顔したおっさんたちと鬼ごっこさ」 そう言って、ディミトリはニヤリと笑った。鬼ごっこの意味に気が付いた大串は肩を竦めて離れて行った。 彼もディミトリが厄介な事に首を突っ込んでいるのは知っている。関わり合いになるのが嫌なのだろう。 するとケリアンから場所が判明したとのメールが来たのに気が付いた。(流石に仕事が早いね……) ケリアンからのメールを見ようとして別のメールにも気付いた。これは探偵会社からだった。 見張っている車の事を調査してもらっていたのだ。 ディミトリが大人のなりをしていれば、車の番号から所有者を割り出すのは簡単な事だ。 しかし、見てくれは中学生なので、まともに取り合って貰えない。 そこで、インターネットを通じて探偵会社に依頼しておいた。金が掛かるが仕方が無い。 メールによるとディミトリを見張っている黒い不審車は、『江南警備保障』という警備会社の所有する車だった。(コイツは間違いなく公安警察の覆面会社だろうな……) 政府機関が非合法な活動を誤魔化すのに、民間会社を装うのは良く使われる手だ。 非合法活動が専門のチャイカからの受け売りだが間違いないだろう。 一方、大串を見張っている車は群鹿警察の所有する車であった。こっちは東京都内の警察署だ。 ディミトリは行ったことも無い場所だった。(所轄警察? なんで所轄の違う警察が協力しているんだ?) ディミトリが居るのは東京都下の府前市だ。 不思
『ところでクラックコアって手術を知っていますか?』『ああ、脳の移植手術だと噂に聞いている』 やはりケリアンは知っていたようだ。 彼の相手を値踏みするような眼付は、ディミトリが本当に手術を受けているのかを知りたがっているのだろう。『だが、詳しいやり方は知らない』 どういった手術なのか質問しようとしたら先に言われてしまった。『ロシアの金持ちが首から上を挿げ替える手術をしたのを知っているか?』『いえ』『実際に行われて失敗したそうだ』『え』『彼はそこで死んだ…… と、伝えられてる……』 さすがロシアだ。危険な領域であろうと躊躇なく踏み込んでいく。『ところが脳の移植に成功して生きていると噂が流れたんだよ』 実際に手術をしたのは中国人の外科医チームであった。そのチームの一人から噂が広がっていったらしいのだ。『君も似たような事をされている可能性が高いね』 やはり、ケリアンは自分のことを知っていたようだ。つまり、麻薬組織の金を横取りした事も知っているのだろう。 ディミトリは思わず自分の頭を撫でた。『貴方も詳しいですね』『ああ、日本で成功しているらしいと噂が流れたからね』『それが自分だと?』『そうだ』 ディミトリは首を振ってため息を付いて見せた。 彼の方針として誰にも、自分はディミトリであるとは認めないことにしていた。どうせ、確認のしようが無いから平気だ。『中国の金持ち連中から、自分も手術が受けられないかと問い合わせが来ているのさ……』『へぇ…… 長生きのために?』『ああ、ロシアだろうと中国だろうと、金持ちというのは若い肉体を手に入れたがるものなんだよ』 そう言って笑った。人間の欲望にはキリが無いものだ。次々と欲しい物を考えつく。『出来れば不老不死も手に入れたいと?』『そうだろうな…… 私は命に限りがあるから尊いと思うのだがね……』 ケリアンは、そう言うと手元の茶を飲んだ。これは本音であろう。 ディミトリも賛成だ。命ある限りナイスボディのお姉ちゃんと仲良くしたいと思っている。『ところで、頼みがあるのですが……』『何でも言ってくれ』『娘さんを拉致したグループと自分は揉めています』『うむ、連中は君のことばかり質問していたそうだ』『彼らとの問題を解決する必要があるのです』『ほぉ』『その為には彼らのアジトを突止める必
アオイのマンション。 翌日、ディミトリは学校をサボってしまった。シンイェンの父親に会う必要があるからだ。 チャイカの方が片付いたので、残りは中華系の組織だけだ。外国に出かける前に片付ける必要がある。(事務所の場所を聞き出して見張りを頼めないだろうか……) アオイのマンションに昼頃に行くと、シンイェンの父親は既に到着していた。飛行機をチャーターしてやって来たのだそうだ。 そして、ディミトリを見かけると深々とお辞儀をしてきた。ディミトリも釣られてお辞儀をした。『こんにちわ。 林克良(リン・ケリアン)と言います……』『娘を窮地から救ってくれて有難う!』『貴方は大変な恩人だ。 私に出来ることがあれば何でも言ってくれ』 父親はディミトリの顔を見るなり早口の中国語で話し始めた。 その様子にタジタジになってしまったディミトリ。『よろしく タダヤス』 自分を指差しながら、辿々しい中国語で名乗るのが精一杯だったようだ。 シンイェンはニコニコしながら両方の顔を見比べていた。『英語の方が良いかね?』『ええ、そちらの方が具合が良いのでお願いします』 その様子を見たケリアンは英語で話し掛けてきた。ディミトリとしても英語の方が有り難かった。 アオイ姉妹はディミトリが流暢な英語を話すのにちょっとビックリしていた。お互いに顔を見合わせている。「じゃあ、私達は食事の用意するわね……」 もっとも、彼に驚かされるのは初めてでは無い。なので、他の用事をすることにしたようだ。「不要な外出は避けたいのでお願いします」『私も手伝う!』 料理をすると言うとシンイェンは自分も手伝うと言い出した。 三人は台所へと向かっていった。『彼女らには知られたく無いのだろう?』『はい、詳しくは知られたくないですね……』『そうだな…… 私なら詳しく知った人間は始末してしまう』『……』 やはり同じ種類の人間なのだなとディミトリは思った。 リスクは可能な限り減らすという考えが無いと、あの国では生き残っていけないのだろう。『貴方の仕事は非合法なものですか?』『それは見方によるよ。 私は日本から手に入れた中古品を売っているだけさ』 ケリアンは肩を竦めて返事した。『いや、仕事内容を非難する気は無いですよ』 もっとも、ディミトリは非合法であるかどうかは気にしていない。彼の立